東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)116号 判決 1978年1月25日
原告
ブラザー工業株式会社
被告
シルバー精工株式会社
上記当事者間の標記事件について次のとおり判決する。
主文
特許庁が昭和49年5月7日同庁昭和46年審判第783号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1. 原告
主文と同旨。
2. 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2原告の請求原因
1. 特許庁における手続
被告(旧商号シルバー編機株式会社)は名称を「手編機の選針部体変換装置」とする特許第459258号発明(昭和39年2月6日特許出願、昭和40年4月24日出願公告、昭和40年11月11日登録。以下、「本件発明」という。)の特許権者であるが、原告は昭和45年12月28日本件発明の特許無効の審判を請求し、特許庁昭和46年審判第783号事件として審理された結果、昭和49年5月7日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その審決謄本は同年6月20日原告に送達された。
2. 本件発明の要旨
(1) メリヤス針を前後動自在に列装した溝板の下方もしくは後方に位置させた複数個の選針部体中から所望のものを選針準備位置に移行せしめる手編機の選針部体変換装置において,
(2) 一旦、全選針部体をメリヤス針に対して作用する選針準備位置に移行させた後、
(3) メリヤス針を所望の配別もしくは型に選針する特定の選針部体のみを上記準備位置に残し,
(4) 他を原位置に返戻するようにしたことを特徴とする選針部体変換装置。
3. 本件審決の理由
(1) 本件発明の要旨は前項掲記のとおりである。
(2) これに対し、本件発明の特許出願前の特許出願にかかる特願昭40―47624号発明(昭和39年1月31日の特許出願にかかる特願昭39―4876号発明の分割出願。名称「手編機の選針部体変換装置」。以下、「先願発明」という。)の構成は、次のとおりである。
(1)' 編針を前後動自在に列装した溝板の後下方に配置された複数個の選針部体をそれぞれの編針に対して異なる2位置のいずれかに選択的に移動配置させ、その各選針部体における編針選出部の編針に対する配置状態を変換しうるようにした選針部体変換装置において、
(2)' 前記選針部体の全てを一旦前記2位置のうちの定められた一方の位置に揃列させる揃列装置と、
(3)' その揃列装置の揃列作用の解除に関連して、
(3)" 前記選針部体のうち選択的に所望の選針部体をそのまま前記一方の位置に保持させる保持装置と、
(4)' 同じく前記揃列装置の揃列作用の解除に関連して、
(4)" 残りの選針部体を前記2位置の他方の位置に復帰させる復帰装置とを備えたことを特徴とする手編機の選針部体変換装置。
(3) そこで、本件発明の構成と先願発明の構成とを対比するに、本件発明の(1)の構成と先願発明の(1)'の構成とは、メリヤス針(編針)を前後動自在に列装した溝板の下方もしくは後方に位置させた複数個の選針部体中から所望のものを移行させる手編機の選針部体変換装置である点で、両者は一致するが、本件発明の(1)の構成においては、選針部体を不作用位置から作用位置である選針準備位置に移行させるのに対し、先願発明の(1)'の構成においては、選針部体を作用状態の異なる2位置のいずれかに移動配置するとした点において相違する。もつとも、先願発明における「異なる2位置のいずれか」の位置は、本件発明における選針準備位置をも包含するものであるかのように解される余地があるけれども、以下に述べる本件発明(2)ないし(4)の構成と先願発明の(2)'ないし(4)"の構成との比較から明らかなとおり、先願発明における異なる2位置のいずれかの位置とは、選針準備位置でない不作用位置であると解するのが相当であり、両者は選針部体の選針の態様を全く異にするというべきである。
すなわち、本件発明の(2)の構成と先願発明の(2)'の構成とを対比すると、両者は、一旦全選針部体を移行させる点では一致するが、本件発明が、その移行位置をメリヤス針に作用する選針準備位置としたのに対し、先願発明は、異なる2位置のうちの定められた一方の位置に揃列させる点で相違している。この相違点について検討するに、先願発明は一方の位置に揃列させるための揃列装置を備えているが、この揃列装置は、先願発明の明細書に記載された実施例の説明によれば、選針部体を選針準備位置である作用位置から不作用位置へ揃列させる装置を意味するものと認められ、右明細書中には、この揃列装置が不作用位置から選針準備位置である作用位置へ揃列させる装置であるとの記載がなく、また、それを示唆する記載もない。そして、本件発明の(3)の構成と先願発明の(3)"の構成を対比して両者の相違点をみると、本件発明が、特定の選針部体のみを選針準備位置である作用位置に残すのに対し、先願発明は、所望の選針部体を前記一方の位置、すなわち揃列位置に保持させる保持装置を備えている点に相違があるところ、先願発明の明細書に記載された実施例の説明によれば、この保持装置は、前記(2)'の構成について述べたように、揃列装置によつて不作用位置に揃列された選針部体をその位置に保持する作用を有する装置であることが認められ、右明細書中には、この保持装置が選針部体を作用位置に保持する装置であるとの記載はなく、またそれを示唆する記載もない。さらに、本件発明の(4)の構成と先願発明の(4)"の構成とを対比すると、本件発明が、作用位置に残したもの以外の他の選針部体を原位置、すなわち全選針部体の移行前の位置である不作用位置に返戻するようにしたのに対し、先願発明は、前期(3)"の保持装置によつて不作用位置に保持されたもの以外の他の選針部体を作用位置に復帰させる復帰装置を備えている点に相違があるところ、この復帰装置は、先願発明の明細書に記載された実施例の説明によれば、保持装置によつて不作用位置に保持されているもの以外の残りの選針部体を作用位置に復帰させる作用を有する装置であることが認められ、右明細書中には、この復帰装置が選針部体を不作用位置に復帰させる装置であるとの記載がなく、またそれを示唆する記載もない。以上のとおり、先願発明の明細書は、一貫して、先願発明における揃列装置、保持装置及び復帰装置が作用位置にある選針部体を不作用位置に揃列して、所望のものをその位置に保持した後、残りのものを作用位置に復帰させることを示しており、この反対の作用をなす装置であることを示す記載はもちろん、それを示唆する記載もないから、先願発明の(1)'の構成中における異なる2位置のいずれかの位置へ移動配置させることとは、常時作用位置にある選針部体を不作用位置に移動配置させることを表わすものといわざるをえない。
さらに、本件発明と先願発明とを対比すると、先願発明は、前記(3)'の構成において、揃列装置の不作用位置への揃列作用の解除に関連して保持装置を働かせ、(4)'の構成において、揃列装置の不作用位置への揃列作用の解除に関連して作用位置への復帰装置を働かせるようにしているが、本件発明はこのような構成を備えていないという点において、両者は相違する。右の相違点に関しては、本件発明が、選針部体を常時不作用位置に位置させ、必要に応じて作用位置に選択的に位置させる構成としたことによつて、先願発明における(3)'、(4)'のような構成を不要とするものであり、逆に、先願発明は、選針部体を常時作用位置に位置させ、必要に応じて不作用位置に選択的に位置させる構成としたため、(3)'、(4)'の構成を必要とするものであるということができる。
したがつて、本件発明と先願発明とは、選針部体の変換装置としてはそれぞれ発想の基盤を異にしており、それに伴つて構成要件をも異にするものであるから、別異の技術思想というべきであり、両者が同一の発明であるということはできない。
(4) 以上のとおりであるから、本件発明の特許は、特許法第39条第1項の規定に違反してなされたものということができず、これを無効とすることはできない。
4. 本件審決の取消事由
本件審決が認定した本件発明の要旨、先願発明の構成並びに本件発明と先願発明との構成上の一致点については争わない。しかしながら、以下に述べるとおり、本件発明の構成は先願発明の構成に包含されるものであり、作用効果においても何ら差異はないから、両者は同一の発明であつて、本件発明の特許は特許法第39条第1項の規定に違反してなされたものというべきであるところ、本件審決は、先願発明の構成を、明細書に記載されている具体的な実施例の構成のみに限定解釈して、本件発明の構成と比較した結果、両者の対比判断を誤り、両者が別異の発明である旨の誤つた結論に至つた違法があるから、取消されるべきである。
(1) 本件審決は、先願発明の構成要件(1)'、(2)'、(3)"、(4)"における選針部体の位置について、明細書に記載されている実施例からみて、(1)'の「異なる2位置のいずれか」とは「不作用位置」,(2)'の「前記2位置のうちの定められた一方の位置」とは「不作用位置」、(3)"の「前記一方の位置」とは「不作用位置」、(4)"の「前記2位置の他方の位置」とは「作用位置」と、それぞれ限定されているものと解するのが相当であり、これに対し、本件発明の構成要件(1)、(2)、(3)、(4)における選針部体の位置は、それぞれ、(1)「作用位置」、(2)「作用位置」、(3)「作用位置」、(4)「不作用位置」であるから、両者における選針部体の位置は全く反対であるとしている。しかし、先願発明の構成は、特許請求の範囲に記載されているところからも明らかなとおり、選針部体の位置につき、実施例として示されている場合だけに限定しているわけではないから、それと反対の位置、すなわち、本件発明における選針部体の位置と同じである場合をも当然に含むものと解すべきであり、いずれの場合も先願発明の特許請求の範囲の記載と矛盾するところがなく、目的、作用効果においても差異がない。そして、本件発明の構成要件(1)、(2)、(3)、(4)における選針部体の位置は、それぞれ先願発明の構成要件(1)'、(2)'、(3)"、(4)"における選針部体の位置のうち一つの場合に特定したにすぎないから、本件発明の構成は先願発明の構成に包含されるものということができる。
もつとも、先願発明の構成要件(2)'、(3)"、(4)"はそれぞれ「揃列装置」、「保持装置」、「復帰装置」と表現されているのに対し、本件発明の構成要件(2)、(3)、(4)には装置と表現されていないという点で一見差があるように見えるけれども、両者はいずれも「手編機の選針部体変換装置」なる物の発明であり、本件発明においても、先願発明におけると同じ各装置を具備する必要があることは、本件発明の構成上明白であつて、現に、本件発明の明細書に記載されている実施例にはこれらに相当する各装置が示されているから、右の点は単なる表現方法の差異にすぎないというべきである。
(2) 本件審決は、先願発明が選針部体を常時作用位置に位置させ必要に応じて不作用位置に選択的に位置させる構成としたため、(3)'、(4)'の構成要件を必要とするのに対し、本件発明は選針部体を常時不作用位置に位置させ必要に応じて作用位置に選択的に位置させる構成としたことにより、先願発明における(3)'、(4)'の構成要件を必要としないとの相違点がある旨認定している。しかし,前記(1)の主張からも明らかなとおり、先願発明は、選針部体を常時2位置のいずれか一方の位置に位置させ必要に応じて他方の位置に選択的に位置させる構成となつており、本件審決が認定する構成に限定されているわけでなく、本件発明と同じ構成をも含むものであるから、右相違点に関する本件審決の認定は前提において誤つている。のみならず、本件発明も、全選針部体を不作用位置から一旦作用位置に揃列させた後に、その位置(作用位置)に残すものと、原位置(不作用位置)に戻すものとを選択する構成であるから、揃列作用を解除しなければ選針部体を2位置に選択することはできず、その解除に関連して選針部体の一部のものを揃列位置(作用位置)に残し、他のものを原位置(不作用位置)に復帰させる構成であることは明白である。したがつて、本件発明は、先願発明の構成要件(3)'、(4)'と同一の構成要件を有しているが、たまたま、特許請求の範囲には文言をもつて表現されなかつたにすぎないもので、両者の間には本件審決の認定する右相違点は存在しない。
(3) さらに、本件発明と先願発明は、いずれも選針部体の2位置の選択を簡単かつ適確に行なうことができるものであるから、作用効果においても何ら差異はない。
第3被告の答弁
1. 請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。
2. 同4の本件審決の取消事由が存在するとの主張は争う。本件発明と先願発明とはそれぞれ構成及び作用効果を異にする全く別個の発明であり、本件審決の結論は正当である。本件審決は、先願発明の構成の内容が、特許請求の範囲の記載からは必ずしも明確でないため、構成要件相互の論理的関係及び明細書の記載内容全体からこれを限定解釈し、本件発明の各構成要件と比較して、両者の相違点を判然とさせたものであつて、本件審決がした両者の対比判断に何ら違法はない。
(1) 先願発明の構成要件(1)'における「異なる2位置のいずれか」とは、選針部体が編針に作用しない位置、すなわち不作用位置に特定して解釈すべきものであることは、明細書中に、揃列装置が不作用位置にある選針部体を選針準備位置(作用位置)へ揃列させる場合に関し全く記載がなく、逆に、揃列装置が作用位置にある選針部体を不作用位置に揃列させる場合についてのみ記載されていることから明白であり、また、右のように解釈しなければ、他の構成要件との相関関係を論理的に説明できなくなるものである。したがつて、先願発明の構成要件(1)'、(2)'、(3)"における選針部体の位置はいずれも不作用位置であり、構成要件(4)"における選針部体の位置は作用位置であると特定されるから、選針部体の位置につき本件審決がした限定解釈は正当である。
なお、原告は、本件発明の構成が、先願発明におけるように装置の名称をもつて表現されていないことにつき本件発明においても先願発明と同じ装置が存するものであつて、表現上の差異にすぎない旨主張するけれども、本件発明の特許請求の範囲に記載されていない以上、本件発明の構成であるとすることは許されない。
(2) 原告は、本件発明においても先願発明の構成要件(3)'、(4)'に相当する構成を当然に具備しており、両者の間には差異がない旨主張するが、右主張は、本件発明の特許請求の範囲に記載されていないことを本件発明の構成要件に含めようとするものであつて、到底許されないことは明らかである。
(3) 先願発明は、揃列装置の不作用位置への揃列作用の解除に関連して保持装置を働かせ、かつ、揃列装置の不作用位置への揃列作用の解除に関連して作用位置への復帰装置を働かせるものであるのに対し、本件発明は右のような動作を行なうものでないから、両者はそれぞれ作用効果を異にするというべきである。
(4) 仮りに、選針部体の位置につき、先願発明の構成が原告の主張する二つの場合を包含しているとしても、先願発明では、そのうちの一つを任意に選択しうることになるのに対し、本件発明は一つの場合に限定し、選択の余地がなく、したがつて、先願発明の構成は本件発明の構成を拡張したものに相当し、広狭の差があるから、両者が同一の発明であるとはいえない。
第4証拠関係
1. 原告
甲第1号証ないし第3号証。
2. 被告
甲号各証の成立はいずれも認める。
理由
1. 請求原因1ないし3の事実、すなわち、被告が特許権を有する本件発明についてされた特許出願から本件審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨並びに本件審決の理由に関する事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2. そこで、原告が主張する本件審決の取消事由の有無につき判断する。
(1) まず、先願発明の構成における選針部体の位置に関して本件審決がした限定解釈の当否につき検討する。
成立に争いのない甲第3号証(先願発明の特許公報)によれば、先願発明は、選針部体の全てを揃列装置によつて一斉に2位置のうち一方の位置に一旦揃列した後、その揃列を解除して、選針部体を前記一方の位置に残すものと、他方の位置に戻すものとに一挙に区分しうるようにして、選針部体の区分操作を単純化することを目的としたもので、選針部体の位置は、編針に対し作用する位置(作用位置)と編針に対し作用しない位置(不作用位置)との2位置のみであることが認められ、構成要件(1)'における「編針に対して異なる2位置」とは右認定の作用位置及び不作用位置を意味するものということができるから、「異なる2位置のいずれか」とは、(イ)作用位置である場合、(ロ)不作用位置である場合の二つがありうることになる。また、その他の構成要件における選針部体の位置は、(2)'「前記2位置のうち定められた一方の位置」、(3)"「前記一方の位置」、(4)"「前記2位置の他方の位置」とされているのであるから、論理的には、選針部体について次の(A)、(B)二つの場合の組合せがあるものといえる。
(A) (2)'において作用位置、(3)"において作用位置、(4)"において不作用位置。
(B) (2)'において不作用位置、(3)"において不作用位置、(4)"において作用位置。
したがつて、先願発明の特許請求の範囲に記載されている構成は、(A)の場合、すなわち、常時不作用位置にある全選針部体を一旦作用位置に揃列させ、そのうち特定の選針部体をそのまま作用位置に保持し、残りの選針部体を不作用位置に復帰させることにより、選針部体を編針に対して所望の作用位置と不作用位置とに選択的に配置する構成及び(B)の場合、すなわち、常時作用位置にある全選針部体を一旦不作用位置に揃列させ、そのうち特定の選針部体を不作用位置に保持し、その他の選針部体を作用位置に復帰させることにより、選針部体を編針に対して所望の不作用位置と作用位置とに選択的に配置する構成を含むものと解することが可能であり、右(A)、(B)いずれの場合においても、選針部体のうちある特定の選針部体が作用位置に配置され、その他の選針部体が不作用位置に配置されるという状態を得るという結果に全く変りがなく、選針部体を編針に対して作用する位置と作用しない位置に区分することが単純な操作で一挙に遂行しうるという効果においても、何ら差異がない。
さらに、前掲甲第3号証によれば、先願発明の明細書に記載されている実施例は(B)の構成を採つているけれども、明細書中には、先願発明の構成を(B)の場合に限定する旨の記載はなく、かえつて、発明の詳細な説明欄に「前記実施例の装置において、各選針部体の摺動溝の形成方向を反対にすれば、編針選出部が編針の後端に対応しない位置を原位置とすることができる。」旨の記載があり(同号証第4頁7欄第2行ないし第5行参照)、先願発明は(A)の構成も採りうることが明確に記載されていることが認められる。明細書中の右記載部分は、(B)の構成を採る実施例の装置にごく僅かな変更を加えることにより、(A)の構成の装置にきわめて容易になるものであることを示すものであり、また、その装置の構成は、先願発明の特許請求の範囲の項の記載に包含されていると解することができ、その作用効果においても、右実施例の装置と差異が認められない。
以上のとおり、選針部体の変換に関する先願発明の構成は、(A)または(B)であると認められ、これを(B)のみに限定すべき事由は認められないところ、本件発明の構成が(A)であることは当事者間に争いがないから、結局、本件発明の構成は、先願発明の構成に包含されるものということができる。この点に関し、本件審決は、先願発明の構成が実施例からみて(B)に限定されているものと解したうえ、(A)の構成を採る本件発明とは異なつている旨判断しているが、その解釈及び判断は明らかに誤りである。
なお,先願発明の構成要件(2)'、(3)"、(4)"にはそれぞれ(2)'揃列装置、(3)"保持装置、(4)"復帰装置と装置の名称をもつて表現されているのに対し、本件発明の構成要件(2)、(3)、(4)には先願発明におけるような表現はされておらず、それぞれ前に認定したとおりの表現がされていることは、当事者間に争いがない。しかし、成立に争いのない甲第2号証(本件発明の特許公報)によれば、本件発明も手編機の選針部体変換装置という物の発明であり、メリヤス針(編針)を所望の配列もしくは型に選針する特定の選針部体を選針準備位置にセツトするのに、全選針部体を一旦選針準備位置(作用位置)に移行させた後、上記特定のものを当該準備位置(作用位置)に残し、他の選針部体を原位置(不作用位置)に復帰させることにより、選針部体の変換を行なうようにしたものであることが認められ、同号証のほか前掲甲第3号証を併せると、本件発明の構成要件(2)、(3)、(4)はそれぞれ先願発明の特許請求の範囲の項における揃列装置、保持装置、復帰装置に相当する構成ないし装置を当然に予定しているものであり、現に、本件発明の明細書に記載されている実施例は、先願発明における右各装置に相当する装置、すなわち、全選針部体を作用位置に移行させるための操作片、回動片、連杆、ビン及び牽引環等よりなる一連のもの(揃列装置に相当する。)、所望の選針部体を作用位置に係止するための細杆とこれに設けられた係止部体、支承板、スプリング及びホルダーの側板等よりなる一連のもの(保持装置に相当する。)、その他の選針部体を不作用位置に引戻すためのスプリング等よりなる一連のもの(復帰装置に相当する。)を備えていることが認められる。したがつて、本件発明は、その構成上先願発明における右各装置を具備しているものであり、右装置の名称の記載の存否は、単なる表現上の差異にすぎず、本件発明の構成要件(2)、(3)、(4)と先願発明の構成要件(2)'、(3)"、(4)"との間には何ら実質的な差異がないというべきである。
(2) 本件審決は、さらに、先願発明の構成は前記(B)に限定されるのに対し、本件発明の構成は前記(A)であるから、本件発明は先願発明の構成要件(3)'、(4)'を必要としないとする。
本件審決が先願発明の構成を(B)に限定して解釈したことが誤りであることは、既に判示したとおりであるから、右はすでに前提において誤つている。そして前記認定のとおり、本件発明は、原位置(不作用位置)にある全選針部体を一旦選針準備位置(作用位置)に揃列させたうえ、そのうち所望の特定の選針部体をその位置(作用位置)に残し、その他の選針部体を原位置(不作用位置)に返戻(復帰)させるものであり、先願発明の揃列装置、保持装置、復帰装置に相当する各装置を具備しているものであるから、本件発明においても、揃列位置による揃列作用が働いているままでは、特定の選針部体を選針準備位置(作用位置)に残しつつ、他の選針部体を原位置(不作用位置)に返戻(復帰)させることができないことは明らかである。したがつて、本件発明は、その構成上当然に、揃列装置の揃列作用の解除に関連して保持装置及び復帰装置が働くものと解すべきであり、現に、前掲甲第2号証によれば、本件発明の明細書に記載されている実施例は、一旦全選針部体を作用位置に揃列された牽引環が他方向へ移動することによつてその揃列作用を解除するが、その際係止部体が特定の選針部体を作用位置に保持するとともに、その他の選針部体はスプリングの作用によつて不作用位置に復帰するものであるから、明らかに先願発明の(3)'、(4)'の構成要件を備えていることが認められ、結局、本件発明が先願発明の構成要件(3)'、(4)'を必要としないとした本件審決の判断は誤りである。
(3) 本件発明と先願発明の作用効果についてみるに、前掲甲第2号証、第3号証によれば、本件発明の作用効果は、選針部体の変換が確実であるとともに簡単に実施できるという点にあり、他方、先願発明の作用効果は、選針部体の作用位置、不作用位置への区分配置をきわめて単純な操作で一挙に遂行しうる点にあることが認められるから、両者の作用効果は、要するに、選針部体について右各位置選択を簡単な操作で確実に行なうことができることにあり、同一である。
ところで、被告は、先願発明が揃列作用の解除に関連して保持装置、復帰装置を働かせるものであるのに対し、本件発明では右の動作を行なわないから、作用効果が異なる旨主張するが、被告の右主張が失当であることは、以上に説示したところから明らかである。
(4) 被告は、仮りに、先願発明の構成が(A)、(B)二つの場合を包含しているとしても、本件発明の構成はそのうち(A)のみであつて、両者は広狭の差があり、同一でないと主張するが、(A)の構成より成る本件発明は、先願発明と(A)の構成において同一であり、かつ、前示のとおり構成を(A)に限定したことによつて、本件発明が、先願発明の目途した作用効果と異なる特段の作用効果を新たに収めることに想到したものとも認められないから、本件発明は先願発明と同一の発明であるというべきものである。
被告の主張は、いずれも理由がなく、本件発明が先願発明と異なる発明であるとした本件審決の判断は誤つているといわざるをえない。
3. よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
(荒木秀一 橋本攻 永井紀昭)